あなたは、この2枚の写真のつながりがわかるだろうか。
最初の写真は、1千万円以上の値段が付いているアート作品である。
次の写真は、西アフリカのガーナにある世界最大の電子廃棄物捨て場である「アグボグブロシー」の様子だ。ここには、世界中からスマホやパソコンなどの電子廃棄物が集まってくる。現地に住む人々は、有害な煙にさらされながら電子廃棄物を燃やして手に入る金属を売り、日々暮らしている。
この2枚の写真に共通しているのは、“ゴミ”である。最初の写真は「アグボグブロシー」で拾ったゴミを素材としたアート作品なのだ。
ゴミをアート作品に使うことで、物理的にガーナのゴミが減る。そして、0円のゴミをアートという精神性に置き換え、数十万円から1千万円以上で販売。その利益をガーナに還元することで、現地に住んでいる人々の生活の質を向上させる。先進国の人が排出したゴミを使ったアートを先進国の人が購入することで、ガーナのゴミ問題が解決されるという循環の仕組みを作り出したのは、アーティスト・長坂真護さんだ。
話者プロフィール:長坂真護(ながさかまご)
1984年、福井県出身。ファッションの名門文化服飾学院を卒業。自らのブランドを立ち上げるが廃業し、路上の絵描きに。サステイナブル・キャピタリズムを合言葉にガーナのスラム街に先進国 が不法投棄した電子廃棄物を再利用しアート作品を制作販売。その利益でスラム街で新規雇用の創出、無料の学校の運営、そして電子廃棄物アートミュージアムを開館。クラウドファンディングで、アートミュージアムを作った様子をドキュメンタリー映画としてハリウッドで制作中。
今回、長坂さんの経歴やご自身が考え出された「サステナブル・キャピタリズム」という思想、サステナビリティへの想い、アートに対する向き合い方、そして今考えている未来の構想についてお話を伺った。
先進国の頂点に立った時に見えた世界は?
長坂さんの経歴を伺うと、新宿No.1ホストや歌手、絵描きなど、きらびやかで頂点を極めるのが厳しい世界で活躍している印象が強い。しかし幼少期は、「福井の田舎で生まれて、先進国で華やかにスポットライトが当たっている人たちが羨ましかった」と言う。
高校卒業後、上京。ファッション専門学校に通いファッションデザイナーを目指すものの、ファッションデザイナーになれず最後に残ったのが、アートだった。アートの世界に足を踏み込んだ後、アートの聖地であるニューヨークやパリにも住んでいたが、最終的に、ガーナの地に行き着いた。
「先進国をいろいろ周って頑張ってきたが、どこでも評価されない自分がいたんです。ところが、30歳になるときに、いきなりすべての夢が叶いました。思い入れのある新宿で商業施設の電子広告を流すことになり、自分で曲を作り歌い、自分でデザインしたTシャツも着て、アート作品を描くことになりました。その時、これまで夢みていた歌手にもデザイナーにもアーティストにもなれた。でも、広告に流れる自分を見て心が震えなかったんです。心が喜んでなかった。この時、自我は終わった、これ以上先進国でやることは終わったと思いました。」
幼い頃からの夢が叶った瞬間、長坂さんが感じたのは、「空しさ」だった。
一方、上海の路地裏で物乞いをしている人や、ロサンゼルスにいる多くのホームレスを見て、「なんで人間には差があるんだろうと、理由はないけど、昔から動物の本能として気になっていた」と語る長坂さんは、ゴミ山に立つ少女の報道写真を見た瞬間、心がざわついて、ガーナに向かった。
サステナビリティとは、人がどこに価値・幸せを感じるか
それからガーナに通い詰め、有毒ガスを吸うかもしれない危険と隣り合わせの状況下で、ゴミ山からゴミを拾いアート作品を制作している。ほかにも、子どもたちのために無料の学校やスラム街初の文化施設「MAGO E-Waste Museum」を建設した。
先進国の輝かしい世界も、貧困国の最低限の生活も見聞きし体験した長坂さんは、ある一つの思想にたどり着いた。それが、「サステナブル・キャピタリズム」だ。
先進国は、生きている活動すべてが経済活動に紐づいて考えられてしまう資本主義の世界だ。長坂さんは、この資本主義の考え方にサステナブルな思想を取り入れることができないかと考えた。
「サステナビリティとは、人がどこに価値・幸せを感じるか。『お金』という対価で測る『リーズナブル』から、『サステナブル』に。例えば、太陽光発電へ切り替える場合、従来の電気代より多少高くなっても、自然エネルギーという宇宙のエネルギーだけで自分の家が動いたという感動に価値を感じるようになってほしい。地球のエネルギーを自分に取り込むという概念思想が広がれば、それが価値になる。『サステナブルとは何か』を考えなくてもサステナブルになるようにしたい。」
そして、アーティストはその思想を持って世界を引っ張っていくべきだと主張する。
「みんな、時代のジャッジメントの中に入ってしまっている。しかし、アーティストの仕事は、本当はこれが正しいことなのだという指標を示し、みんなに改めてもらうこと。昔はゼロからイチを作るクリエイターが求められていたけど、これからはイチをゼロに戻せるクリエイターやアーティストが必要です。できあがったものを土に還せる思想やエネルギーを持ち、そこまでできる人がクリエイターです。植物など自然の循環と一緒ですね。千年後にはそれが当たり前になっていないといけない。今の時代はゴミを出していた低文明だったと笑われなければいけない。将来、僕のアートは恥ずかしい時代の象徴として美術館に飾られるんです。」
日本をはじめ、すでに発展している先進国の人々に「開発」と言ってもピンとこない。そこで、SDGs(持続可能な“開発”目標)よりも、先進国に浸透しているキャピタリズム(資本主義)にサステナビリティを加えたスローガンが必要だと、長坂さんは「サステナブル・キャピタリズム」を提唱している。
将来的には、ご自身のアート作品や活動を通して、「経済」と「環境」、「文化」という3つの軸に「サステナビリティ」という思想をプラスして、“マゴ”という概念思想を作りたいと語ってくれた。
大好きな絵を描き続けるために必要なもの
長坂さんの話を聞いていると、過去の経験や今やっていることの意味を常に自分の頭で考えているからこそ、現在の活躍があるのだと感じる。同時に、行動の原動力となっているものは何なのか、気になった。
「世の中が今求めているものを気にしない。DNAレベルから気になること、第六感がうずいているものに関しては、なんのメリットがなくてもやっていた。アートに関していえば、僕が今から50年後に死ぬときに、50年間絵を描き続けた人にしか描けない絵を描きたい、見たいというのが原動力だね。ピカソが1万枚書いてギネスに載っている。そこに行きたいだけ。それが人のためだったら、もっと頑張れる。」
直感を大事にしているだけではなく、その裏には世界に対するピュアな想いがある。
「これだけ語録を並べて、1万枚の絵を描く理由を探している。絵を描くほど地球が汚れていると思ったら辛くて絵なんか描けない。だからこそ、『サステナブル・キャピタリズム』のように支えてくれる概念思想が必要。そして、もし1万枚描くことが切っても切れない人間としての宿命であるのであれば、環境にいい絵を描けばいい。だからゴミを拾って貼ってアートとして売っている。」
アーティストとして大好きな絵を描き続けられるように、ネガティブにならないように、頑張り続けられるように、動物としての本能で気になってしまった環境問題を自分のアートで解決していく。それが、長坂さんがたどり着いたやり方だ。
アートで地域格差をなくし、「平和」な世界を作りたい
これだけ思い入れのある作品を作ってきているが、「あと10年でガーナの作品の時代も終わる」と長坂さんは断言する。一体どういう意味だろうか。
長坂さんは現在、約10年後の2030年までに、ガーナのスラム街にリサイクル工場を建設できるように、現在模索をしている最中だ。そのため、リサイクル工場ができれば、現地のゴミのうち90%以上がリサイクルされるため、ゴミを使ったアートは制作できなくなるのだ。「その後はどうするのか」という質問には、3つやりたいことを教えてくれた。
1つ目は、マゴギャラリーオンラインである。リサイクル工場が完成したらガーナとの縁は切れるのかといえば、そうではない。ガーナで作ってきたサステナブル・アートと“マゴ”という概念思想を販売できるギャラリーや加盟店を世界中に作りたいという。
2つ目は、マゴオンラインギャラリーを増やすことで、地方創生に貢献することだ。長坂さんは、地方と都市のギャップを埋めるために、全国のギャラリーをクラウド化し、各地のギャラリーが自店舗のスペースに制限されることなく、オンライン上の商品をどれでも販売できるようにするというアイデアを思い付いた。
例えば、2020年オープン予定の銀座店は、多くの質の高い顧客が訪れる一方で、家賃が高いため販売スペースが限られるというデメリットがある。一方、福井にある店舗はその逆で、スペースは確保できても店を訪れる客は限られる。そこで、作品をすべてクラウド化することで、銀座店が福井店の所有するアート作品を販売することをできる仕組みを作ったのだ。そしてもし銀座店で作品が売れれば、その作品を所有する福井店には売上の5%が支払われるという仕組みになっている。銀座店が1千万円の作品を売れば、福井店には50万円の不労所得が入るのだ。
このようにギャラリー同士がクラウド上で作品を共有し、販売に応じて売上を分け合う仕組みを導入することで、顧客を獲得しづらい地方の店舗に新たな収益機会をもたらし、都市と地方のギャップを解消するというのが長坂さんのアイデアだ。
この概念は、長坂さんの「平和」への想いとも合致する。
「平和とは平たく和になること。だから、出っ張りをなくそうと、先進国と途上国間、また都市と地方間の経済格差をゴミのアートで中和したいんです。地域格差をなくし文化を広め、アートでレバレッジをかける。落ち度がないシステムを作りたい。」
そして、3つ目は、全国にオフグリッドビレッジを作り、不動産をやることだという。これから自動運転技術が進歩すれば、2時間圏内に移動することに対して人はストレスを感じなくなる。2時間圏内までいけば安い土地がたくさんある日本で、ミュージアムやアートコミュニティがあり、すべて自然エネルギーで動くオフグリッドな別荘地を作り、広げたいという。
「週末に石油エネルギーを使わず、宇宙のエネルギーだけで生活する自分に酔いしれたい。めっちゃいいでしょ?」と言って、長坂さんは楽しそうに笑った。
日本の死んでいる土地に本当の価値をつける。今、まさに長坂さんがガーナでやっている、0円のゴミに1千万円以上の価値を付加することと同じである。
自然界に無駄はなく、人やモノはそれぞれ価値を持っている。しかし、周りの環境や状況、その時代の価値観によって、本来の価値が最大限発揮されないまま、捨てられたり、干されたりしている。
長坂さんのやりたいことは、大好きなアートを使い、光の当たっていない人やモノに価値を見出すことなのではないか。それは周り回って自身のアートを継続する原動力にもなっているのだ。
編集後記
今回の取材はオンラインで行われ、長坂さんは電気自動車で移動中だった。宇宙からのエネルギーで動く乗り物で移動することが一つの価値だと話していた。そんなふうに考えたことはなかったので、衝撃的だった。同じ物事に対しても、違う見方をすることで世界が180度異なって見えることがある。アートやそれを生み出すアーティストは、そんなふうに人の価値観を変える力を秘めている。
長坂さんはご自身の過去について、「自分の事業に失敗したり、親のすねをかじって暮らしたりと、20歳から30歳の10年間は最悪だったけど、今思えば、その時間は自分の中にあるOSのプログラムが整うための時間だったとわかる。全ては今の活動に必要だった歴史で、最悪だったはずの過去さえ美しく見える。そして、これはアフリカの子どもたちにも応用できる。すべては、解釈の問題なんです」と回帰している。
アートでも、人生でも、一見マイナスに見えるものに「意味」を付加することでプラスに変えてきた長坂さん。地球環境のために、社会のために、アフリカのために、そして自分自身のために、今日も作品作りに励んでいる。
【参照サイト】MAGO GALLERY
ハチドリ電力を通じて長坂真護さんの活動を支援できます
本記事は、ハチドリ電力とIDEAS FOR GOOD の共同企画「Switch for Good」の連載記事となります。記事を読んで長坂真護さんの活動に共感した方は、ハチドリ電力を通じて毎月電気代の1%を長坂真護さんに寄付することができるようになります。あなたの部屋のスイッチを、社会をもっとよくするための寄付ボタンに変えてみませんか?